ナポレオンからイギリスを守った2人の英雄 ~ネルソン提督とウェリントン~
Ola~!
こんにちは!
今回の記事はタイトルにある通り、ナポレオンからイギリスを守った2人の英雄についてです。
2人の英雄のお墓がセントポール大聖堂にあります。
1人目:ネルソン提督

ネルソン提督はトラファルガーの海戦でナポレオン軍を破った人物です。
世紀の海戦、トラファルガーの海戦。
19世紀初頭、フランス革命の混乱を抑えて皇帝となったナポレオン。
ナポレオンは自由・平等を他の国にも広めるという名目でヨーロッパの王国に戦争をしかけていったのです。
実際にスペインやポルトガルはナポレオンの支配下になってしまいました。
次々とヨーロッパ諸国を支配下に治めていたナポレオンは、イギリスをも征服しようとしていました。
トラファルガーの海戦は、イギリス本土侵攻を狙うナポレオンに対し、ネルソン提督率いるイギリス海軍がフランス・スペインの連合艦隊を打ち崩すべくが攻撃を仕掛けたのです。
イギリス海軍の崩壊は、英仏海峡の制海権を制することと同じです。
つまりイギリス本土侵攻を視野に入れていたのですが、
結果はイギリスの大勝利。
トラファルガーの海戦でナポレオン軍がイギリスに侵攻することは不可能と証明されたのです。
戦いに勝ったイギリスでしたが、
指導者のネルソン提督は敵の弾丸に打たれ亡くなりました。。
彼が最期に言ったとされる言葉。
Thank God. I have done my duty.
「神に感謝する。私は自分の役目を果たした。」
歴史に「もし」はありませんが、もしこの時イギリスがナポレオン軍に破れていたら、現代にいたるイギリス王室や歴史は全く違うものになっていたかもしれません。
ネルソン提督がイギリスの運命、はたまたヨーロッパの運命を変えたのは間違いないでしょう。
2人目:ウェリントン公爵

ウェリントン公爵はワーテルローの戦いでナポレオン軍に勝利しました。
海の英雄をネルソン提督とするなら、陸の英雄はウェリントン公爵と言えるでしょう。
トラファルガーの海戦で敗れ、ロシアへの遠征を失敗したナポレオンはその後、エルバ島に島流しにされました。
ヨーロッパの国々がほっとしていたのも束の間、ナポレオンがパリに戻ったとの噂がヨーロッパ中に広がりました。
フランスで再びナポレオンが即位して、ヨーロッパに戦争をしかけることになったのです。
イギリスとプロイセン(現在のドイツあたり)が手を組み、ナポレオンを迎え討ちます。
現在のベルギーのワーテルローで繰り広げられた歴史的一戦。
これがワーテルローの戦い。
この戦いで活躍したのが、ウェリントン公爵。
彼は戦場においても冷静沈着に物事を判断していたようです。
「将軍の仕事とは、見えない丘の反対側で敵が何をしているかを推測することだ」
と語ったとされています。
戦いは悪天候によるフランス軍の大砲の移動・設置が遅れたこと、砲弾が機能しなかったこともあり、連合軍が勝利。
この戦いによって、ナポレオン帝国の崩壊が決定的となったのです。
つまりイギリスだけでなく、ヨーロッパにとって脅威だったナポレオンがヨーロッパから永久追放となりました。
ネルソン提督とウェリントン公爵
どちらもイギリスをナポレオンから救った英雄としてセントポール大聖堂にお墓があります。
大きな棺がありました。
また第二次世界大戦でドイツからイギリスを守り抜いた当時の首相ウィンストン・チャーチルの国葬もセントポール大聖堂で執り行われました。
チャーチルは国家の英雄としてセントポール大聖堂に埋葬されることも考えられていたようですが、本人の希望もあって故郷の教会にお墓があるそうです。
いかがでしょうか
私はセントポール大聖堂に入ったときにこんなに歴史的に重要人物たちのドラマが詰まっていると知りませんでした。

イギリスにとって重要な人物のお墓や記念碑などがあります。
知っている名前を見つけた時は驚きと興奮の連続!
世界史で聞いたことがある名前とストーリーがこうして旅先で発見できるとなんだか嬉しいですよね!
どこで繋がるからわからないものですね!
感動はそこかしこに隠れているかもしれません!
セントポール大聖堂、ロンドンに行く際はぜひ訪れてみてください~
それではまた!チャオチャオ!
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